魂の在り方と意識・感覚

共同創造 Co-creationとディセンション

ベトナム ニャチャン

青色申告2年目も無事初日に提出して、大学のレポートも書き終わってちょっとホッとした!
毎週2、3本レポートを書かなきゃいけないから、思い付きでダラダラ書けるブログに逃げてしまう。笑

と思って書き始めたブログ記事が完成せず、また課題に追われているうちに、また旅が始まり、あっという間に半月も経ってしまった。

タイの洞窟

前の記事は誰が書いたの?何のために?

前の記事を書いてすぐ、インドにいる友達Hちゃんから連絡があった。
書いている時に、ラマナ・マハリシのあの優しい目を思い出していたんだよね。私にとってHちゃんは、いつもラマナ・マハリシの恩寵を連れてきてくれる人。恩寵をまとっているというか。
だから、「グルの恩寵の事を話せる友達」ってちゃんとその子を思いながら書いたし!

ラマナ・マハリシの聖地でその子が今直面している出来事について聞いていたら、
全然関係ないかもしれないけれど「あの記事を書いたのは、Hちゃんに説明する為だったのかも?」と何度も思ったので伝えてみた。

今の悩みの解決策にはならないと思われるかもしれないと思ったけれど、
「過去の延長線上の今にいなくていい」
っていうのが、すぐに伝わったみたい。

アカシックレコードの使い方も前に伝えていたし、
今起こっている色々な事は、全部「点」で繋がっていないし、繋げているのが個我だって事は、Hちゃんは十分わかっているだろうから、うまく書けていなくても、キーワードだけできっと伝わると思った。

私は私の為に生きて、誰かはその人自身の為に願う

リシケシのシバナンダアシュラムで出会ったHちゃんとの付き合いはもうかれこれ15年近くになる。
以前の私はとてもストイックで、厳しくて、「母性」とか「優しさ」ってあまりなかったんだよね。父性の方が強い。それが、「2020年に一転した」と自分では思っている。
この、オーロビンドとニームカロリババの導きがちょうど転換点かな。

そこからコロナ禍に入り、周囲との繋がりが薄くなったお陰で変容がスムーズに進んだ。

あの頃の世界情勢は私にとってベストな状況とタイミングだった(という表現は苦しんだ人達もいるのに適切ではないかもしれないけれど)。
約一年かけて、こんな↓状態に落ち着いた。

サイババ等のグルが与えてくれていた「期待しているからこそ、君にならできると知っているからこそ、の厳しい導きと期待」というのが以前の私の持つ愛の形だったとしたら、その後の私には「受容」「許容」みたいな愛の方が前面に出てきていた感じがする。

ブログには書いてないかもしれないけど、「母性」の感覚がオーロビンドアシュラムででも、ニームカロリババのところでも私を満たしていたというか、私自身が「母性」のエネルギーだったのを感じていた。
それは、私(主語)が「メッセージ」(対象物)を受け取るとか、エネルギー(対象物)を感じるという構造ではなく、「私=母性のエネルギー」だった。

当時の私にとってというか、自我にとっては、非常に戸惑う状態だった。
でもその後いつの間にか、私=母性 がごくごく当たり前の事になっていたなと気付いた。

Hちゃんは、Hちゃん自身の悩みがあって電話をかけてきてくれたけれど、
私は、私の事を15年近く知ってる、インドにいる私の事も知ってるHちゃんが相手だったから、その2020年を境に自分の感覚が色々な意味ですっかり変わっていた事に気づけた。

私は私の気晴らしにブログ記事を書き、Hちゃんは何か処理できないもどかしい気持ちをどうにかしたいと思った。誰かの為じゃなくて、自分の思いや願いがあって、宇宙はその解決策やヒントを、既に用意してくれている。自分の悩みも気づきも、誰かの願いを叶えるために創造されているかもしれない。

アセンションではなくディセンション

ずっと、高みを目指して歩いてきた。
何年も何年もずっと「いつまで歩き続ければいいの?どこまで行ったら到達できる?」と泣き続けていた。

その思いは、2020年以降全く生じていない。
そして、ベクトルは逆向きになった。
山を登るのではない。降りてくるのだ。

我々は既に神であり、悟りと共にある。
私たちの神性を、この物質世界に降ろしてくること。それが私が今しているヨガ。

神のメッセージを伝えることじゃない。
今日の行動に、今日の一歩に、今日の会話に、神性が現れること。

提出する大学の課題に、
上手くできなくて、「できません」と送るメッセージに(笑)、
誰かと一緒にする食事に、
神性を表すこと。

どこまでもどこまでも、地に張った底の底まで、精妙なエネルギーを、物質次元に降ろしてくる。

働いて、政治に参加し、経済に加担すること。
それらを通じて、神性を伝えること。

だから、オーロビンドは町を作り、仕事を生み出した。
耕し、作り、食べて、会話し、相互に作用し合い、神をこの地上に表すこと。

「Why are you working so hard?」

「なんでそんなに働くの?」「なんで働かなきゃいけないの?」
と聞いてくるインド人の友人がいる。
オーロビルの住民になることにすれば、もうお金の心配をする必要はない。「調和」の為にオーロビル内で自分にできることをして、コミュニティに貢献すれば、生活の心配は要らない。
私はシュリ・オーロビンドの理念が好きで、オーロビルも大好き。自然と調和した生き方、コミュニティのあり方を一緒に模索しながら作っていきたいし、オーロビルの友人達もとても好きで、私にとってこのような場所は他にはない。

けれど、私は長年ここに関わりながら、住民になるという決意を持てなかった。
そんな私に、一人の友人がいつも「働く必要なんてあるの?」と半分バカにしたように聞いてくるのだ。

正直、私はその子のことが好きじゃない。いい子だし、別に嫌いじゃないんだけど、根本的な考え方が違うなということを、いつも感じさせられるというか・・・。

身も蓋もない話をすれば、インド人の中でも、裕福で既に資産もある人が、仕事も辞めて「お金を稼ぐ」事で得られる一般社会でのステータスを捨ててオーロビルの住民になる場合と、一般社会で必死に働いても月に1.5万ルピーしか得られないクラスの子が、衣食の他に毎月3万ルピーの最低限の保障を得られるオーロビルの住民になることとは、全くその行為の意味が異なるじゃないですか。手放す月給が10倍以上違う上に、住民になることで「お金がほとんどなくなる」人と、住民になる事で「もっとお金が入ってくる」ようになる人。

前述の子は、そうは言っても真面目に働くし、農業に対するコミットメントもあるし、ちゃんと理念があるから、オーロビルの住民になるに相応しい子だと思っている。でも、多分、辛いXX勤務の月給1.5万ルピー(もしかしたら、8000ルピー程度かも)の仕事では、見えない世界や価値観があるけれど、それをこの子に「理解してよ」と言うのも違うかな、と思って、いつもモヤモヤした気持ちにさせられていた。(日本だと給与の差があまりないし、職業差別みたいに思われたくないので、ここではその子の元の職業は書きません。インドは格差が激しいから、ホワイトカラーとブルーカラーみたいな単純な対比じゃない)


でも最近、この問いに対する私の答えが明確になってきた。
それは、「私は、日本社会を諦めたくないからだ」と。

環境と健康、政治と経済

これらは、切っても切れない関係にある。
日本に拠点を移して、日本社会に戻ってきて(体は海外にあるけど)改めて思うようになった。
経済は行き詰まっているし、食糧危機も実際に訪れていて、素晴らしかった医療保険制度も崩壊の危機なのに、相変わらず呑気な人たちも多いし・・・。
そんな、逃げ出したくなるような社会だけど、やっぱり私は日本を諦めたくないし、日本の社会に関わって、日本にできることをして生きていきたい。だから、勉強するし、働いて日本に納税したいし、ニュースを見るし考える。

日本社会から「抜けて」、別の場所で理想郷の創造にコミットする(オーロビルでコミュニティの為に働く)のではなく、
日本社会にいて、その中の活動に関わっていたい。

なんか、その事が腑に落ちた。
稼がないと生きていけない、親のことも考えないといけない、と言うマイナスな理由じゃない。
私が、日本社会を諦めたくないから、私は日本に納税するのだ(例え稼ぐのが外貨であっても)、と。


ちょっと落とし所が見つからないので次に続きます。