魂の在り方と意識・感覚

バドリナートへの旅 4

バドリナートへ到着

標高1800mのジョシマートから、一気に3560mのバドリナートへ。

Badrinathのお寺

ジョシマートに入る前、karanprayag あたりからだけど、
昔と同じように、人のカルマや感情の解放が繊細に見える(感じられる)ようになってきていた。
周囲の人達を見ていると「やはり、霊性修行をしていないとコントロールが難しいようだ」と思った。

友達のことなので詳しくは書けないけれど、連れてきた私の責任を感じていた。
指摘するような立場でもないので、バランスが崩れた時にすぐに手を貸せるように見守る事にした。

私自身のカルマの放出に加えて、友人のカルマ噴出の見守り。
ここで言うべきか、見守り続けるべきかずっと決めかねていた。

本人が望んでいないのに、教師のように指導する気にはなれない。
でも、友人の異変は、私に波動やエネルギーや感情の動き、質、意味を、教えてくれているのだろうと感じていた。
なので、話す時、関わる時、言葉や顕在意識に反応するのではなく、
彼女の潜在意識を注意してみるようにしていた。

しかし、バドリナートに着くと波動があまりに高くて、
今度は自分の事で手いっぱいというか、高揚して頭がごちゃごちゃし始めた。

夕方のアラティ・プージャに参加する為、シャワーをしてから、
カーリー女神の像を持ってバドリナートテンプルへ。

夕方は15分ごとに異なるアラティやプージャがあるようで、
近くにいた若い女性にどのプージャに並んでいるのか聞いて、同じチケットを買って列に並んでいた。
(チケットを購入するのではなく、あくまでもドネーション。日本の寺院と同じですね)

並んでいたのですが・・・、
なんと、私達が参加するべき会はとっくに始まっていたようで、
奉仕係の人が日本からきたミサを探して(外国人うちらだけなのですぐ見つかるw)

「お前たちか!!こっちから入れ!」

と急いで出口の側から本堂に入れてくれた。

20畳ほどのお堂にぎゅうぎゅう詰めに座っている人たちの一番後ろ、端っこにちょこんと座る。

座ると同時に、ドネーションをした人の名前と地名が順番に呼ばれて、
「ジャパンからミサ」って言われた所で
「おおぉージャパンー。ジャパンからー?」というどよめきが起こった(笑)

「はい、私です」と手をあげる代わりに、
パンジットやマハラジに向けてカーリー女神の像を上にあげて会釈をした。

この名前を読み上げられるのがプージャの最後だったらしく、
なんと、入ってきたばかりなのに終了!!

がーん。。。

終わると1人ずつ祭壇の前に行って(一瞬)お参りできるので、列に並ぼうとすると、係の人が私達に、並ばずに端っこで待っておけと言う。
でも私は御本尊の前まで行きたいから並ぼうとするのだけど、
いいからいいからここで待っていろ、と。

すると、他の人達の参拝が終わり次の回の人たちが入ってくる前に、ゆっくりと前に出て御本尊、それとパンジットやマハラジ達に出迎えられた。
カーリーマーの像も祭壇の中にいるパンジット(神職)が受け取ってくれて、御本尊にタッチしてくれた!!!
なんと!
想定外の奇跡!!!
(このアンビリーバボーさは知らないと伝わらないよね)

しかも、タッチだけじゃなく、
中で何か簡単に祈祷してくれてるし
ご本尊にかかっていたトゥルシーマーラーをカーリー像にかけて返してくれた。

胸に抱きかかえながら、全員に
ありがとうございます
と頭を下げ、顔を上げた瞬間、
祭壇の奥からでっかいトゥルシーマーラーが私の胸めがけて飛んできて、胸に抱えたカーリー像と共に受け止めた。

トゥルシーマーラーが祭壇の奥からこちらに向かって飛んでくるのはほんの一瞬のことなのに
スローモーションのように鮮明に認識できて、
トゥルシーと一緒にブレッシング/祝福 が凄い勢いで
ぶわぁぁぁ〜とこちらに向かって飛んできたって思ったんだよね。

ほんと一瞬の出来事で慌ただしかったから、呆然としてたんだけど、
本堂を出て扉の近くに座ったら、喜びが込み上げて泣けてきた。

「神に見放されたかもしれない」

と思ってきたのに、全然見放されてなかった。

「修行を捨てた」

幾生もの転生を繰り返し、高みを目指し修行をしてきたのに、
その道を捨てた私自身に罪悪感を抱えていた。
その罪悪感は深い深い意識の底にずっとあって、
それが「神・グルに顔向けできない」という気持ちを引き起こしていたのに、
神はこんなにも、私を歓迎してくれた。

一般企業で働く中で、ヨガの教えも実践も何もできなかった。
たくさん怒鳴り、喧嘩をし、たくさんの人を嫌いになりイライラが収まらず、
そんな自分に失望しては何度も部屋で泣いた。

そんな、クズみたいな人間だけど、それでも、

「よくここまで来たね」

って言ってもらえた気がして、胸から何かが込み上げてきた。

私、今日まで歩いてきた道は、これで良かったんだ。
今もこんなにも見守っていてくれるんだ。

って、熱いものが体に充満して、パンパンに身体が膨れ上がるような感覚だった。

バドリナート寺院からの眺め

バドリナートへの旅 5

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