魂の在り方と意識・感覚

バドリナートへの旅 5

祝福

バドリナート1日目に神の歓迎とブレッシングを受けて、充分すぎると思った。

バドリナートへの旅 4


あるヨギの自叙伝」と「(シルディ)サイババ」の本をすこし読んで
どんどんエネルギーが充満していきその後もどんどん感覚が繊細になっていった。
2日目朝はお寺に行かず、マナビレッジへ行く事にした。

マハーバーラタ(バガバッドギータ)を書いたヴィヤーサ仙が瞑想していた洞窟があるのだ。

マハーバーラタはここで書かれたと言われている。
そして、ガンジス川の源流の1つが始まる場所がある。
マナビレッジの中は、車も入れないし携帯も(エアテルは)繋がらない。

昔来た時はマナビレッジの中に観光客はほとんどいなかったんだけど、今回は観光客だらけ。

洞窟と滝へ登っていく狭い一本道は人で溢れかえっているし、洞窟も混雑してる。
バドリナート寺院へはみんな厳粛な感じで参拝するけれど、
マナビレッジでは「遊び!」レジャー感満載で、ワイワイガヤガヤという感じ。

洞窟の中もそんな感じか〜嫌だな〜
と思いながら前の人にくっ付いて入って行ったら、

私達の時にだけ少し誰もいない時間が出来た!!

洞窟にパンディッジ(神職)がいてみんな参拝したらおでこに印を付けて貰うのだけど、
混んでるからみんな直ぐに出ていくのね。

行列に並んでしばらく待って、私の前の人も終わったらぴゅぅっと出て行ったんだけど、
私達の後ろにあまり人がいなかったからチャンスと思って
「瞑想していいですか?」って許可を取って洞窟内の端っこに座ったの。

その後、誰もいなくなった!


短い時間だけど、しっかりと静寂を感じて
「充分!」
と思うとまた人が入ってきてどんどん増えてきたから外に出た。
洞窟の外はさっき以上に人が密集していて騒々しい。

でも内側の静寂はしっかりと身体に染み込んだ感じで、人々の騒々しさに邪魔されない。

神はこういう、一瞬のチャンスを分かりやすく与えてくれるんだよね。

その後、川の始まる場所へ。
楽しみにしていた「山の上のマギー」を食べる(笑)
更に奥へハイキングして素晴らしい景色を堪能した!!

楽しいと同時に、どことなく不安になってくる。
そろそろ、山を降りて普段の生活に戻った後のことを考えないと。その為に、私自身と向き合って今後の事を考える為にここまで来たのだし。

会社を辞めた後、どうしたいの?
何が出来る?

考えても考えても、気持ちも目指したい方向も昔から変わらない。
でも、考えても考えてもそこへ向かうための最初のステップが見つからない。
「そこ」にかける梯子が見つからない。

ヨガを仕事にしている時は、いつも向こうから扉が開いた。
ヨガの為に望むことなら、どんなに荒唐無稽でも、直ぐに梯子がかかった。

・・・今も、こうして霊性修行をしようとすると次々と歓迎の印を体験する。

2014年の事

5年前、ここで私は、ヨガを教え続ける事を辞めたいと願った。

私は、霊性修行の道において、歩き出したばかりのヨチヨチ歩きの人間。私が体験し、私が多くの先達に教えてもらった事を、人に伝えるレベルには全然達していない。
もっと、もっと、「みさ」としての人生で体験すべき事を体験し、この肉体を通して、

「ヨガやスピリチュアルな事を教える(だけ)ではなくて、社会の為に “ 働きたい ”」

と望んだ。

エピソード0

修行者も仙人も、お坊さんも、何度もやってきた。
俗世から離れて、神や仏に祈る事を通して、修行し己の霊力を高める事を通して、社会を支える役割は経験してきた。
でも、今回みさとして生まれたのは、過去生の続きをする為じゃない。
ずっとやってきたから「得意」だけど、その能力を使いたい訳じゃない。
私は、今世、俗世で「事業」を通して社会に貢献したいのだ。

そう思い、ヨガ教室をしめる決断を、5年前にここでした。

だけど・・・、

5年経って、改めて考える

だけど、

神様は、私にヨガを教える事を今でも望んでいるのだろうか?
私がビジネスをする事は、望まれていないのだろうか?

どうしたい?

どうしたい?

ひたすら自分に問いかけていた。

バドリナートへの旅 6 お金がない








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