自分を信じていないから、
答えを外へ探しに行く。
自分を信じていないから、
誰かに背中を押して欲しいと思う。
自分を信じていないから、
占いやカードの結果に
「まさにその通り思ってたんですー!」
っていう。
自分の中にあった答えと、誰かのアドバイスが一致してて喜んでいるなら、
あなたはまだ、【とことん自分を信じていない】という段階にいる。
自分を信じきっているのなら、
探しに行かなくても答えはやってくるし、
何を聞いても確認しても、全部同じ結果が出る。
そして思う。
そりゃ、当たり前だ。
シンクロに喜びもしなければ、
感謝も感激もしない。
でも、傲慢とも違う。
深い深い所では、
全てが当たり前。
半月ほど前、ふと思った。
なーんだ、【この世界が】私のことを愛してるんじゃん。
どうしようもなく。
それなのに、なにを恐れる事があろうか。
なにを怖がることがあろうか。
それでもね、「コート取りに帰る時間がないから、アパートに持ってきてー(>人<;)!!」って母に電話したら、
柿と洋ナシ(しかも切って爪楊枝までついているw)とおにぎりを添えて家まで持ってきてくれて。
そんな時には
「ありがとう」
って言葉じゃ全然足りない気持ちになるし、
ベジタリアンになって困らなかったんですか!?
って質問されるたびに、
うーん、周りの人たちが「ベジタリアンになりたい」私を受け入れてくれて、
一緒に(仔羊まるごと焼いちゃおうぜ)BBQにすら誘ってくれてかつ野菜担当にしてくれるし(笑)、
飲み会だって、サラダ恵んでくれるし、
お肉入ってるメニューしかなければ、お肉の部分友達が食べてくれたし(昔はエキスは許容してました)、
会社の取引先が出してくれたハンバーグを無理して食べたら、食べ終わってから「ベジタリアンの癖に食べたーーー!!無理しなくても言ってくれれば、食べてあげたのに!!」って言ってもらえたし、(人生最後のハンバーグだったな。マズイとしか思わなかったけど)
むしろ、想像以上に
「え?私ベジタリアンでいていいの!?」
って思わせてくれたのは周りの肉食友人たち。
って事を思いかえすたびに、
ありがたいなぁ〜。周りの人のおかげだなぁ〜。
と手をあわせて頭を下げたくなります。
グルの言葉に、
先生の助言に、
先を歩く方の話に、
数々の奇跡の縁に、
歓喜の涙を流すこと数知れず。
それでも尚、真実のところでは、
表面上の感謝やありがたみも喜びもない。
悲しみや恐れがないように、
喜びもない。
ただ、愛のみが存在する。








コメントを残す