魂の在り方と意識・感覚

やっとここに戻ってきた

いじわるな神様 3

続きです。

インド行きを決める いじわるな神様2

インドで私たち外国人が参加できるヨガが、全然思ってたものと違って・・・。
さらに、出会った日本人とヨガについての意見の相違で大げんかした翌朝、
とあるアシュラムのクラスに参加した。

日本人も多く、気軽に観光客が利用できるアシュラム。
気軽すぎて、全然期待していなかった。

でも、G先生のクラスを受けた時に、その人の半端ない「今ここ への集中力」に圧倒された。
存在が、声が、・・・全てが生徒を「集中」へと引きずり込むのだ。

クラスが終わってすぐに決めた。
「今すぐこのアシュラムに入る」
そこで朝ごはんもいただいて、そのまま手続きをして荷物を運んだ。

真面目にアシュラムのメニューをこなした。
瞑想
アサナ
図書館
講義
お茶
アサナ
瞑想

空いた時間に洗濯をして、アシュラムにいる人たちと話して楽しく過ごしていた。
昨年とかにインドで私を見た人たちは驚くかもしれないけれど、
この時の私は、とてもうるさく、誰よりもアシュラム内で笑い、おしゃべりした。

広いアシュラムの中で、みさがどこにいるのかすぐにわかる。
みさの周りにはいつも人がいる。

とよく言われた。

よく遊び、よく学び、よく食べた。
「元気いっぱい」
それが私だった。

英語も話せなかったのに、全然気にしなかった。
通訳してもらったり、片言のまま、誰とでも深い心の話をした。

図書館で読むヨガの本も、
みんなから聞くヨガの話も、
先生たちから聞くヨガの教えも、
乾き切ったスポンジが勢い良く水を吸い込むように急激にしみこんでいった。

年齢も、国籍も関係なかった。
人生で一番、何の恐れも心配もなく心を開きっぱなしで過ごせた時期かもしれない。
あの時周りにいた誰もが、私のことを受け止めてくれた。

そのアシュラムの「何が」良かったかなんて、私には説明できない。
ただ、あの時あの場所に集まった全ての人たちが、私を変えてくれたのだ。

1ヶ月でも日程がズレて、出会える人たちが違っていたら、こんなにも「安心して」いられなかったかもしれない。
いや、「いられなかった」と思っている。

そのくらい、全ての関係が私を癒すために今日のこの日にこうしていてくれている、という愛を感じた。

「今」、「この瞬間」じゃなきゃダメだったんだろう。

ルーフトップに座って、広い空と、ここから始まるヒマラヤの山々を見ながら、涙がつたった。

かみさまは、私が今この瞬間にちゃんとここにいるように、早く連れて来たくて、
何度も「私の歩むべき道」から外れて違う道をいこうとする私に、
「そっちじゃないだろ!」って、
一生懸命ビンタしてくれてたんだ。

と思った。

かみさまは、早く私をここへ連れて来たかったんだ。

と。

ふと、もの心ついた頃からあった「生まれて日本へ引っ越して来る前は」という記憶と結びついた。
中国の山奥で、雲よりずっと高いところで仙人をやっていたという自覚なのだけど、(←色々と葛藤やこの記憶を乗り越えるまでのドラマもあるのですが、今日はサラッとww)

あぁ!子供の頃はインドなんて知らなかったし‼︎‼︎‼︎
この山々は中国との国境じゃん!
国境のあちら側だったカモしれないし、こちら側だったかもしれない!
とにかく、私はこの山々にいたんだ!!!!

一人涙が止まらなかった。

辛くて苦しくて、なんで生まれてきたんだろうと後悔して、
どうして頑張っても頑張ってもうまくいかないんだろうと力尽きて、
かみさまは、私に全然優しくない‼︎‼︎‼︎

って怒りすらぶつけてきた。

でも、何か大きな見えない力が、
ずっとずっと、私を導いていてくれたのだ、
果てしなく深い愛情を持って、ずーっと私を見ていてくれたのだ。

感謝してもしきれないくらい、頭を下げた。

空にそびえるヒマラヤの先々はとても遠かったけれど、
ここまで来れた事を誇りに思った。

そして、いつか「その場所」へ成長したら踏み入れる時が来るのだろうと確信していた。
かつていた場所へ。

それが何処かなんて探す必要もない。(← それがどこかは、その一年後にわかることに・・・。)

生まれてからの全ての時間が、この瞬間へと流れ込んでいた。

気持ちが落ち着いて、一歩を踏み出した時、
ここからの時間は「今この瞬間」から広がっていくのだと感じだ。

ターニングポイント。

時間という概念だけじゃない、
時間だけではない全ての存在が、一点に集まって流れ込んでくる時。

そしてそこから広がっていく時。

その感覚を、私は今でも説明できない。

続きます。


続き↓

ターニングポイント

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