魂の在り方と意識・感覚

陽に転ずる

一年で最も、陰の極まる冬至から、
日に日に陽を増していく北半球。

冬至の翌日が、太陽である天皇陛下の御誕生日で、
その翌日の夜に、イエスキリストが誕生。

なんかすごくないですか?
闇の深い時に、光が次々と生まれて世界を照らしだす。

私は、17日の満月から天皇誕生日までの期間をしばらく意識していました。
緊張がピークに達する時期だと予想してた。

実際は、正直、「今」を感じることがとても難しい期間となり、
地球の波動の上昇に、ついていけなくなったのかも!?という気持ちもありました。

カルマって、まだまだあるんだ!!

って感想しか出てこないくらい、捉えられない小さな塵が内からわーっと湧いてきて、ザワザワしているような感じでした。

でも、そのノイズが今までに比べて限りなく小さいんですよ。

今までが直径1センチの埃だとしたら(大きいですねw)、
0.01μm みたいな。

とにかくとにかく小さな粒で、軽いんですよ。
さぁ〜っと浮いていく。

今振り返ってみれば、「あら、残りのカルマが浄化されてていい傾向だったのかも」とも思いますが、

最中は、居心地がいいわけではない。

あー、ネガティブが抜けないー!
もうやだ〜!!

って言葉がつい思い浮かびます。

「もう、やだ。」

って、子供の頃からの私の口癖です。

行き詰まればもちろん、
ちょっと疲れるだけでもすぐにその言葉が浮いてくる。

過去記事【いじわるな神様 4 】で、
「もう神様から逃げないから大丈夫ですよ?」って言ったくせに、
また逃げようとする気持ちが湧いてくる(笑)

この道(霊性の道)を進めなくなったら、それはそれで仕方ないじゃんー。
ま、こんな人生、ダメだったらダメだったで終了させればいいんだから。

言葉にすると恐ろしいような気持ちすら共存する。

でも同時に、
「目に見える人生がうまくいかなくて、例え肉体を死に至らしめようとも、私は全然この違和感から逃れることはできない。
この魂の道には、リタイアなんてないんだ。
進むしか、実は選択肢がない。
私の中にある虚無感は、光に至る事でしか解決しない。」
と思っている。

12月23日頃を境に、地球の波動の上昇はさらに加速し、
私はそれに振り落とされたんじゃないかとも思った。

私の成長についてこれる人、もうついてこれない人が試されていたように、
私は私の先生やグルの成長についていけるかもちろん試されていた。

一瞬でもエゴに捕まれば、波動は一気に落ちる。
エゴとの共存の中に、神は見えない。

【カミソリの刃を渡るがごとく難しい】道。
一瞬の迷いが、血だらけの結果を生む。
それが、霊性の道。

でも、例え・・・例え昨日の私が感情に流されて、カミソリの刃から足を滑らしたのだとしても、
12/23以降の世界では、今までよりもギャップを埋めるのが難しくなるとしても、

それでもなおかつ、私は【今】光を求めて進むことを選択したい。
例えカミソリの刃から足を滑らせて血だらけになっているのだとしても、
それでもきっと、追いついてみせる。

私は、地球の浄化の役に立ちたい。
光を、ここに宿すことによって、地球のアセンションを進めたい。

一年前、10年前に足を滑らせるよりもずっと、取り返しのつかない(波動があがり次元の変わった)今、そして今以上に高まっていくこれからにおいてでさえ・・・、

間違えたら、それを正すしか、するべきことはない。

冬至を過ぎて、心の中の迷いがまた消えた。

例え、誰かに嫌な事をされても、私に影響を与えるのは私の行為のみなのだから、それに反応してネガティブを選択してはいけない。
どんな状況がやってきても、私は私の行為を選択する義務がある。
それが、カルマヨガ。
私は、状況に左右されずに、ただ正のカルマを積んでいくのみ。

やられても、やり返さない。ということを意識しながら過ごしたこの一ヶ月。
あぁ、まさに【やられてもやり返さない】ということを試されていたのかもしれないなぁと思いました。
理不尽な事、多かったので(笑)

しばらく、シルディババを感じることができない気がしていたのだけれど、
今朝はちゃんとココにババを感じて、ずっとウルウルしていました(笑)

さぁ、陰の極を過ぎて陽へと向きが変わりました。

今がどんな状態であろうと、どこにいようと、
どの成長段階であろうと、
日々益々、光に向かって進むしか、選択肢はなさそうです。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です