魂の在り方と意識・感覚

エネルギーが違いすぎると

私にとって、先生たちは遥か彼方を歩く大先輩だけど、

先生たちは先生たちで歩み続けていて、
そのゆっくりとした一歩は、
私の小さな歩幅とはやはり比べものにならないくらい大きい。

彼らが先へと進み、エネルギーが高まり(清まり)、
私との差が大きくなれば、一緒にいられなくなる。

だから、「会える時にたくさん会いにきなさい」と言われる。

エネルギーが違いすぎれば、一緒にいられなくなるから。
一緒にいられる時にいられるだけ一緒にいるように、と言われる。

インドでサーンキャ哲学教えてくれてる先生(スワミ)から、
「インドにくるのか?今は自分のマスター(師)と瞑想をしているから、○○にはいない。」
と連絡がきた。

スワミと呼ばれる先生たちだって、その先生について常に己を向上させてるんだ。

そうやって、みんなどんどん成長していく。

私には、その道が楽しい。

大変ではない。

先生たちがどんどんどんどん高まっていって私との差が開いてきても、
ますます追いかけていきたくてワクワクする。

先生たちのエネルギーが高まってるのに、ワクワクせずになんていられない。

だから、冒頭の話を聞いて
「厳しい、大変な道」
って思う人の気持ちは私にはわからない。

「きっと、単純にあなたの進むべき道ではないんじゃない?」って思うし、
そんなふうに誰かが先へと登っていくことに対して「置いていかないで」って足を引っ張ることは、
あなたの為にならない。

しかも、霊性の道をあなたより先を歩んでる人の足を引っ張ることは、
多分自分と同じレベルの人の足を引っ張るより返ってくる負のカルマ大きいよ。

「なんで?」

なんで、って、そういうもんだよ。
なんでかわかんないけど、知ってる気がする。
そういうもんだよ。

どこかで何度も教えられた気がする。

そして、そういうエネルギー的なマナーを断片的に知っているから、
むやみやたらに負のカルマ積まずにすんでるかもしれない。

オーラやエネルギーを感じない人は、
肉食の人が持ってるエネルギーや、
ドラッグ経験のある人のエネルギーがわからないから余計に手を出してしまう危険もある。

でも、







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