魂の在り方と意識・感覚

光に固執するインバランスさ

ふっかーつ\(^o^)/

先週の投稿でご心配をおかけしました!
忙しくても落ち込んでてもFacebook更新しなくても、
常に誰かと「意識」や「霊性」「エネルギー」「人生」「多次元」の事を話してるんです私は。

それがライフワークだからね。

だから久々に語る。


いつも思うのが、ほんっとうに多くの人が、「良い」「ポジティブ」「前向き」「向上」そういう上向きのベクトルに囚われていることから抜け出せないんだなぁ、と。

とことん落ち込む力。
とことん怒る力。
とことん悲しむ力。
とことん気が狂える力。
とことんじっとうちに篭れる力。

が、ほんっとうに弱いね。

Balance includes imbalance.

8年前の私にはこの言葉の本意が全然わかってなかったと思うけど、
影を見ないようにする人、
闇を見ないようにする人、
弱さに溺れないように必死に(逆の)片面だけをつかみ取ろうとしてる人の imbalance さを思う。

全ては「自ずから生じる」の。

楽しい時にはとことん楽しみ、喜び、笑い、同じように悲しい時にはとことん悲しみ苦しみ落ち込めばいい。

両極に同じだけ揺れ続けること、それがbalance


目標を決め時間を無駄にせずコツコツと前進すること。
もちろんその意義も価値も素晴らしいと思う。

でも、私達は、ただ現世的な向上のために生まれてきたんじゃない。

魂の向上のために生まれてきたの。

魂の向上とは何か。

それを現世的な向上と同じものさしで捉えようとするから抜け出せない。

魂が向上する為には、全てを経験すること。

苦も楽も。

プラスもマイナスも。

上も下も。

斜めも横も(?)

ぜーーーーーーーんぶ経験して卒業するの。



ポジティブ方向に固執してる人も、ネガティヴ方向に固執してる人もどっちも同じようにバランスを欠いてるんだよ。

全員の心に、その人を導く師(グル、マスター、ガイド)がいる。

グルは、弟子の準備が出来たら次の課題を与える。

「私」の準備が出来るまでは、やってこないんですね。

「神様は乗り越えられる試練しか与えない」っていうのはホント。

その感情を、私から生じる波動で揺れる世界を、感じることのできる器があるから、私の中に波が立つんです。


悟りは、波立たなくなることじゃない。

調和は波が穏やかで静かなことじゃない。

全てが生じさせる全ての波動を包括した状態は、上にも下にも、右にも左にも、北にも南にも、東にも西にも、過去にも未来にも、同じように波が生じていて、全体でゼロになるんだよ。


毎瞬間、毎瞬間、トータルでゼロなの。




それが悟りの状態、それが調和の状態。


ない、んじゃない。



全部、ある。というのはそういう事。












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