魂の在り方と意識・感覚

依存があると学べない

昨日、彼氏(23歳)に言われました。
英語から訳してるので、日本語に違和感あるけれど。

「学ぶことに年齢なんて関係ない。
年が上でも、その人が資質を持ってなければ、誰も教えてほしいと思わない。
歳が下でも、その先生にクオリティがあったら、学びたいと思う人はたくさん来ます。
そして、いい先生に素晴らしい事を教えてもらっても、学ぼうとしなかったら、学べません。
例えば、何かを食べたいと思うとする。目の前にレストランがあって誰かが美味しい料理を用意してくれても、あなたはレストランまで行かなくてはいけないし、自分の手を伸ばして、自分で料理を口に運ばないと食べることはできない。
なのに、学ぶことに関して、先生がいい話してくれた。って満足して、わかったつもりになる人が多い。
誰かが口まで運んでくれることを望んでいる人は多いけど、それではいくらシェフが美味しい料理を用意してくれても、食べられません。
あと、生徒が先生に対して、同じくらいかもしくはそれ以上に知ってる、わかってるって思ってるなら、その生徒はその先生のところで学ぶことなんてなにもない。行くべきじゃない。
そして、そんな気持ちで先生のところに教えてほしいって会いに行っても、
「来るな」って言われて当然です。

ヨガを学ぶということは、何だか学び方を学んでいくことのような気がしている。

私がまだまだ学び方を学ばないといけない入門【前】生だということかもしれないけれど(笑)

私たちは誰でも、誰かの前では「先生」「先輩」「親」「兄、姉」という教え導く立場でもあるかもしれないけれど、同時に、常に誰かや何かから「学んでいる」者であると思う。

だから、人生を生きるために「学び方」を学ぶことは基礎中の基礎だと感じる。

たまたま私が出会うインド人がそうなのか、あるいはインドでは子供にそういう教育をしているのか、
学ぶ者の心構えをきちんと説明できる友人ばかり。

それが私がインド好きな理由。

インド人シェフも先日、日本人のお客さんの依存心の強さにため息をついて、

「Many Japanese depend on others.
It causes problem!!
Problem is not there. That mind causes many problem.」

って呟いてた。

めっちゃ共感した。

Depend on others

しすぎデスよ。

「誰かが自分に何かいい事をしてくれた、だから嬉しい!
誰かが自分にいい事をしてくれなかった、だから気分悪い!
って、常に depend on others だから、問題ばかり起こるんだ。
Depend on ourselves!!!! 自分自身に頼りなさい!」

って言ってました。

そういう依存心が、必要以上に問題を引き起こしているだけだ!って。

珍しく息巻いてました。

何かお客さんに嫌なこと言われたんだろうね。

最近、「依存されすぎるのはどうしてだろう?」と自分の中にある人を依存させてしまう原因とちょっと向き合ってます。





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