魂の在り方と意識・感覚

ギャップ 本当のヨガって何だろう

ヨガのインストラクターになって5、6年?

初めてインドへ行く前から、インストラクターとして行うレッスンと、インドへ行って取り組みたいことが、
同じ「ヨガ」という言葉で表現されても全然違うことを思っていた。

魂の修行をしてきたい、と思ってた。

けれど、そこで学び取り組んだことと、
日本に帰ってきてから教えることが全然違うものでもいいと思っていた。

だって、私たちは、現代日本で生きてるんだから。

ただ、インドへ行ったら、幸か不幸か、タイミング良く珍しい人たちに出会っていって、そんな「楽しく体動かしてスッキリー!一回でも楽しめればいいじゃん!」って考えが持てなくなった。
噛み砕いて、消化して、このすごい叡智を他の人にもわかりやすく伝えたい。と思った。

それから、多分ずっと「本当のヨガ」を探していて、
インドでいくらヨガを学んでも学んでも、全然求めているヨガに出会えなくて、

素敵なクラス、大好きな先生、毎日通い続けたいクラス、なんだって教えてくれるおじいさん・・・

めっちゃくちゃいい所はいくつもあった。

「でも、そうじゃない。楽しい、気持ちがいい、スッキリする、わかりやすい、アサナがどんどんできるようになる・・・。
それは、 Bad でも not good でもなくて、【Good】なこと達だから、続ければなんとかなっていくって思ってしまうけれど、・・・そうじゃない。

将来なりたいものになれるように勉強いっぱいして、どの教科も全部高い偏差値取ってて、
さぁ、何にでも好きなものになれるよ、好きなことが出来るよ。君はどこの大学だっていけるんだから。
って言われても、いざ受験っていう時に、
【あれ?私がやりたい事って、偏差値関係ない。】
って気付くような、そんな感じ。

悪くない。役に立つしとてもいい事。

なのに、自分の求めてたこととはそもそも一致してなかった・・・みたいな。

本当のヨガ・・・

何が本当のヨガかなんて、人によって違う。
ヨガは文化そのものだし、生き方そのものだし、多種多様だから、客観的に見て本当のヨガはどれだなんて事は、決めるつもりもいうつもりもない。

それでも私は自分の求める「本当のヨガ」を知りたくて、
ずっと求めていたら、2012年は一年かけて次々と「求めていたこと」に出会えていった。

求めていた私にとっての「本当のヨガ」の世界を、少しだけかいまみることができた。

それが、嬉しい。

ハズだった。

この先に続いている自分の修行の道と、
今までのように教えてきたヨガ(アサナ&瞑想)の両立が難しい。

「知らないから、以前は問題なく教えられたのだ」

一年前に、「帰国後ヨガを教えられるかどうかわからない」と何度も記事に書いていたけれど、
それはこういう思いから。

「その先を知りたいと思いながらも、知らないから。だから教えることができたのだ」
って、過去の自分を羨ましく思うとともに、

知れば知るほど、知らないことが二乗に増えていく。

そんな気がしていた。

でも、確かに「知っていること、わかっていること」も増えたのだから、それを背伸びせずにそのまま伝えていこうと腹をくくって再開した。

そして、自身の修行は修行で歩んで行こうとグルパランパラのヨガに取り組んできた。
グルパランパラ・・・これが、ずっと私が求めていたヨガ。

私のヨガの神様?はいつも強引で、私があっちに行きたいと思っていても、そっちじゃないってビンタするし、
こっちにいこうと思ってなくても、怪我させたり病気にさせたりして無理やりでも導いていく。

「なんか、いっつもヨガの扉だけ が 、すんなり開くのが、・・・どっちかというと嫌。」(他のことしたかったから)
って思わず口にしたほど。
他の道に行けない。

求めていたヨガを学ばせていただく機会があって、それを続けられて、嬉しい。

嬉しいけれど、ギャップは開いていく。

一年前の私に合わせて、教えるヨガのクラスも内容を変えた。

けれど、一年経って、また教えていることと自分のヨガにどうしようもないギャップができてしまった。

それが、最近の悩み。

何を伝えたら伝わるのかが、わからない。

言葉が浮く。

自分が教えていることが何で、どこに導きたいのか。

私は、どこへ行くのか。

私は、魂の修行をしたい。
ヨガを実践していきたい。

教えてるのは、みんなにその「大変なヨガの道」を歩ませたいからじゃない。

多分、私の役割は単純に「ヨガをする人」であって、それ以上でもそれ以下でもない。

みんなには、それぞれに役割がある。

だから、その役割を探すため、見つけるため、そして何よりも役割を実行していくために、ヨガのいいとこ取りをして欲しい、と思う。

そう、ずっと思ってきたのに、それが出来ている気がしない。

自分と同じ道を、他の人にも求めてきたのかもしれない。

2012/02/1

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