魂の在り方と意識・感覚

過去生について

このブログの記事の中にも、ちょくちょく前世の記憶や経験についてサラッと書いてあることがありますが、
しっかりとひとつ一つの過去生を書くことには、躊躇いがあります。

「前世を詳しく知りたい」という願望は、スピリチュアルな事を全否定していた20歳前後の頃ですら抱いていました。

もちろん、その時期も心の奥深くにいつも訴えてくる前世の記憶が苦々しくまとわりついていたということもありますが、
その頃は、その記憶についてもほとんど「見ない」ように、顕在意識では認めていませんでした。

今思えば、うつ病という辛い時期に本人(私)は必死にもがいているつもりだったんですよね。
そして、何度立ち上がっても、頑張っても何度も暗闇へと引きずり込まれてしまうのは、前世に原因があるのではないか!
こんなに自分自身と向き合っても解決できないのは、解決しなければいけないものが、今生のものではないからに違いない!!

くらいに思っていたのだと思います。

しかし、今の私が、当時の私に相談を受けたとしたら、今の私はいいます。

全ては、今にあります。と。

前世の記憶を探しに行く前に、
今としっかりと向き合いなさい。
解決すべき問題が「ない」のではなくて、「見えていない」「見たくない」だけだ
ということを、少しずつ理解して欲しいと思いながら話すと思います。

前世のカルマからの影響をうけている事は確かにあります。
でも、思い出さなくたって、そのカルマの影響は今にしっかりと現れています。

今生で何度も向き合わされる問題のパターンがあるのなら、その問題から学び、そのパターンを打破する事で、
前世からのカルマを解放することができます。

記憶を引き出さなくたって、前世を知らずにいたって、前世からの束縛を断ち切る事が出来る。
・・・出来るというよりは、「今と向き合い乗り越えることで、魂の課題をクリアする」こと自体が私たちが今を生かされている理由だと思います。

逆に言えば、いくら過去生を知ることができても、その記憶と本当の意味で向き合い解決させる事が出来るのは、
「今目の前にある現実」の中にしかない、ということです。

今生だけでも、とてもたくさんの処理しきれずにいた感情や経験があります。
「今」と真摯に向き合ううちに、
「今」に影響を受けている「過去」や「未来」が当然出てきます。
その「過去」の中には、今生だとか過去生だとかの区別というか、境界線も(もはや時間の軸でさえ)存在しません。

だから、色んな過去生の記憶も知ることになります。

そんな記憶が、確かに自分自身の課題や感情などに納得できる説明を与えてくれる事はあります。
だけど、そのカルマを解放したいと思ったら、
その当時(前世で)生じた「誤った認識」「感情的な執着」によって影響されている【今現在の】自分の行動パターン&思考パターンを、
現在の日常で他人との会話の中で、
仕事の進め方の中で、
家族との関係の中で、
【学ぶ】事が必要になります。

どこか遠くにありもしない桃源郷を探しに行って疲れたら、
家の中でいつまでもあなたの帰りを待ってくれている至高の存在を思い出しなさい。





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