魂の在り方と意識・感覚

光の強い人

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします☆

私たちは、つい他人を見てしまいますが、次の内容で他人を判断してしまわないように気をつけてください。
あくまで自分のこととして。

強い光を抱えて生まれてきた人、というのがある、と感じます。

それは決して外見にも常識的な価値観の中でも判断することができません。
強い光が内に込められているのに、その周りを厚い厚い幕で覆っている人が多いから。

一見輝いて見える人なんかよりも、ずっとずっと苦しんでいる人たちの方が、もしかしたらずっと強い光を内に秘めているのかもしれない・・・と思うこともあります。(それが全てではありません)

ただ、ヨガで少し周りの誇りや塵が取り払われてきた時、
内に光るものの強さ、威厳さが垣間見える時があります。

そして、それを感じている時、私はとても嬉しく頼もしく、頭を下げ感謝します。
それほどに、人が内に秘めている魂は誇り高く優しいものだと思います。

本来は、誰もがこれを持っているのだと思います。
でも、それを少しでも感じることができるところまで来れる方は、少ないのだと思う。

やれば、誰もが見つけられるもの。
でも、「見つけない」事を選択していく社会、教育、歴史・・・etc…

だからこそ、「内に秘めている光を活かしたい」と思う人ほど、世間との摩擦、マジョリティーとの摩擦に心を痛めて、塵(傷、カルマ)を抱え込んでいるかもしれません。

でも、それでも内にある光に基づいた価値観の上で負ってきた傷であれば、どうかその誇り高い光をもっと信頼してください。

私は酷い鬱病の中にいました。
でも、当時大嫌いだった言葉は、
「うつ病は経験した人にしかわからない。」と「うつ病だったから人の痛みがわかる」の2つ。
私は、「うつ病だからと言って他のうつ病の人の気持ちは全然わからないし、治っても、人の痛みがわかったつもりなんかになってたまるか。」といつも思っていた。
傷の舐め合いなんてしたくなかった。
奢りたくもなかった。

元気(を装ってるよう)な人には理解されなかった。
傷を抱えた人たちと慰め合うだけの中にもいられなかった。

数年間とても孤独だった。

でも、それで良かったと思うし、
うつ病の原因となっていた社会の価値観との相違は、間違っていなかったと思うから。
私は、間違っていたからうつ病になったのではなくて、
間違っていなかったから、心が痛みすぎたのだ、と自信を持っています。

もちろん、未熟だったこと、正すべき間違いもたくさん含みながら成長している途中ですが、
それでも私は真っ直ぐ悩み心を痛めながらも、おかしいことをおかしいと思える心を失わずにここまで歩み続けている私自身に誇りを持っています。

【魂が今生で果たそうとしている役割や使命は多くの人のそれよりもいわゆる「大きな」ものだと思います。
抱えている光のエネルギーが大きければその分乗り越えなければならない試練もまた大きくなるので、大変ではあると思いますが、いつでも高い意識(賢さ)で状況をみていってください。
他人の低い意識に合わせる必要はありません。

内からかがやく光を、待ってる人がたくさんいるはず。】

というような事を、そのときそのとき、出会う人に言われてきた。

どんなにその言葉が信じられなくても、その言葉のように【内にある強い光】が誰かの役に立つと信じる以外に、自分を励ますことは出来なかった。
だから、そう言ってくれる人の言葉を「頑張って」信じてきた。

そして、これからも自らを信じることが、何よりも周りを救い出すためになる、と信じていきます。

だから、どうかこれを読んでいる皆様も、
愛する周りの人々のためにも、強く誇りを持って内側の光を信じて輝かせて下さい。

傷を偽り見栄をはるのではなくて、
一切の見栄をはらずに、痛みを痛みのまま感じ、喜びを喜びのまま感じることで、傷は必ず癒えてそこがキラキラと輝きだします。

もし、痛む心があるのなら、それは必ず光へと導いてくれます。

自分に強い光があるのかどうかわからなくても、信じてください。

光がキラキラと漏れだす人が増えて、
2013年があちこちでキラキラと輝く良き年となりますように。

祈りと、一人一人へのお「願い」を込めて。



p.s. ターニングポイントとしてのアセンションの影響はかなりの勢いで出始めているように感じます。
日本人は「匂うものには蓋をしろ」という性質が強いせいか、本当に目に見えているような問題たちも平気で「見えていないふり、聞こえていないふり」をし続けるので、最悪のことにならないと認識できないのかもしれない・・・。(つまり変化や流れに鈍感)
でも、世界を見てみると、確かにもう膿だしは痛みを伴いながら進行しているようです。
だからこそ、日々の自己ケアが何よりも大切になってきます。
傷を癒し浄化を進める事に慣れて、何があっても常に光に基づき選択できるように魂との距離を縮めておくこと。
世界を癒すことができるのは、1人の偉大なヒーローではなく、小さな私たち1人1人です。1人1人の力がなければ、どんな英雄も力を発揮できません。

だから、自らを輝かせましょう。

という事を強く思った元日でした。

ゆっくりできるお正月休みにこそ、瞑想をして中心にしっかりと戻ってくださいね。





コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です