魂の在り方と意識・感覚

時が来た。何年も避けていて、同時に待っていた事を再開する時 1

これまで色々な記事を書いてきましたが、
特にインドで体験してきた深い内面的な出来事のほとんどを、私は公にはしてきませんでした。

それは、「理解されるはずがない」と言う思いと同時に、
「私が中途半端に書いてしまう事で、それを読むまだ十分に準備のできていない人たちに誤解を与えてしまう」
と言う恐れからでした。

私はその責任を持ちたくなかった。

何かを発信すれば、様々な反応が返ってくる。
真理に近ければ近いほど、人のエゴを揺さぶってしまう。

魂へ還る道を歩む人は、そのエゴの揺さぶりを「良」ととらえ、
エゴの強化に励む人たちは、エゴが弱まってしまうかもしれないその揺れを否定し、拒絶する。


私は強いエンパスであり、
例え実際に「誰が」このブログを読んでいるのかを知らなくても、
このブログを読んだ人達の中に生じる反応はある程度わかります。

この、エンパスとしてごく当たり前の感覚を、
こうしてそのまま書けるようになっただけでも、
人々の集合意識が以前よりずっと高くなっている証でしょう。



2014年、
師の元で瞑想、霊性修行を続けながら、
自分自身はチャクラクリアリングのワークを教えていた頃、
8月頃には、もう私自身の「教える」スタイルを大きく変えなければいけないことを感じていました。

そのように導かれていた

としか言葉にできない。
そうなっていくのが当たり前であり、そうならざるを得ないのだろう、と思っていました。

そうなるように導かれていくだろう、と。



その当時の感覚は不思議なもので、
ヨガ教室しかできない、普通の社会人としてなんて生きていけないだろう私が、
「来年はヨガ教室やっていないだろうな」
と思う事に対して、ほとんど不安を生じなかった。

まだ流れもできていない、先が見えてもいないのに、

「変わっていくんだな」

と思っていただけ。


生徒さん達を見ていれば、それが自然な流れであると思えた。
正直に言って、私の意識の変化に、ついてこられる人たちがいなかったからだ。

とても感覚のいい人達、
無意識的に既に真理を捉えかけている人達、

そう言う、進化した意識の人達も少なからずいた。

その人達ですら、当時私が話していた事を理解するには、
まだまだ時間がかかると思ったのだ。

「そうでない」人たちにとっては尚更。
「そうでない」人たちに、当時の私ができたことは、
その間違った思い込みやエゴの執着、自己に対する不信感やエゴによる競争心を捨てるよう、
最後の厳しい忠告をし、
自らの足で立ち上がるように、
私への依存を断ち切らせ、突き放す事だった。

それは、簡単な事ではなかった。
忍耐を持ち、教室を続けながらその都度その都度優しく諭す方が、ずっと楽だった。
(私は生徒さん達から、厳しい厳しいと散々言われてましたけど、
 いや、ずっとずっと優しい指導してましたよ?
 厳しくなりきれなかった。)

「例え私が嫌われたとしても、真実に気付かせるために必要な事をする、
 気付かせるための行いをする」のが、教師として行うべき事なのだろうと気づきながらも、

ある一定の「厳しさ」のラインを超えることはできず、

「誤解されたくない」
「嫌われたくない」

という思いが、まだかすかに残っている事を自覚はしていた。


しかし、それも覚悟をしなければいけないのだろうとも感じていた。

彼らだけじゃない。
とても霊的センスの良い、進化した意識や感覚を持ち合わせている、
私が密かに「優秀な生徒さん」と認識していた人達のことも、手放さなきゃいけない日が近い事を予期していた。

手を放したあと、
彼らがきちんと自分の足で、これまで学んだ事をいかしながら「自らの道を」歩んでいくのか、
途中で不安や弱さに押しつぶされて、依存先を探し、自らの道を外れて彷徨ってしまうのか、

心配ではあったけれど、

可愛い子には旅をさせろ、的な心境で、手放さなきゃいけないタイミングが近いうちに来るのだと思っていた。


(当時からそう言ってましたよね、って言ってくれる人、覚えててくれてありがとう)


そんな予感はしていても、まだ、「教師になりきる覚悟」のなかった私に、
私の師は言った。

しかも、シルディのサイババ寺院で。


「あなたも人に霊性を教える者であるなら、
 嫌われる覚悟を持ちなさい。
 例え嫌われても、理解されず否定されるとしても、
 それでも、やらなければならない事を、やりなさい。

 生徒に好かれようなんて思いは捨てなさい。

 自分自身のエゴの為に教えるんじゃない。
 神やグルに使わされている事を自覚しなさい。
 生徒の魂のために、グルがなされようとしている導きを、あなたのエゴで変えてしまう事は許されません。
 覚悟を決めなさい。」


ちなみに先生はこの時の事を全然覚えていないとのことで、
その後、これについての意味はこれ以上教えてもらえませんでした。

ただ忘れただけなのか、
サイババが忘れさせたのか、
それとも覚えていたけれど「忘れた」と言って取り合わなかったのか。

そのどれが真実なのかは、私には関係ないんです。

大切なのは、「私は、自分でその事について考え、自分で決断を下さなければいけなかった」という事実。



私は、一旦教えることから離れ、自分自身の霊性の向上に集中する事にした。

本当の教師になるために。


同時に、待たなければいけないと思っていた。

人々の意識が、より高くなり、
霊性の視点からの話を受け入れられる日を。

必ず、それが必要になる時が来るから、
私はそれまでに、もっともっと先へ進んで、自分自身を高めておかなければいけない、という強い確信があった。


いつか必ず、また教える日が来るだろう。







確かにあの頃はそう思っていたけれど、



2019年、私は神の前で、


もう私をヨガの(教師としての)道から外してください、


と泣いていたのです。


バドリナート紀行 2019 その1





続きます。









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