魂の在り方と意識・感覚

天気を操らない

密かな人気記事 天気を操る魔術

10年以上前に書いた「天気を操る魔術」という記事が密かな人気記事なのだけど、
あの頃から、「天気をコントロールしようとしない」ということをとても意識していたと思う。
天気だけではなく、「森羅万象がそうであることの何かしらを、自分の力で捻じ曲げようとしない」という感じ。

10年以上前、私はヨガのクラスでも、皆さんのエネルギーをアシストするために、「気」をめちゃくちゃ動かしていたんですね。もちろん、皆さんと協調しながらじゃないとできなかったんだけど、エネルギーを力技で動かしていた、という面が多分にあったんです。

それは、天気を無理やりコントロールする時の力に似ていた。
多分、エネルギーの集め方や動かし方は、カメハメ派を出す時の気の集め方に似てると思う。

そんなふうにエネルギーを動かせば、「ヒーリング」でエネルギーを動かすことも可能ではあった。

でも、それは、当時書いたみたいに、まやかしの力なのだと、思うようになったんだよね。
付け焼き刃というか。

一時的に動かしただけのものだから、物理の法則として、返さないといけない、みたいな。

コントロールしないけどずっとなんとなく晴れ女

で、とにかく、私はエネルギーを「コントロールしない」ということを徹底的に学ぶ必要があったんです。
10年以上が経って、今では「コントロールしようとしない」ことが当たり前にできるようになったけれど、最初の頃は難しかったですね。多分、小さい頃から無意識にいろんなもの(とはいえ、ヒーリング以外は天気だけかな?)を力技で動かしていたから。

でも今でも、ずっと晴れ女なんですよね。
私が外にいて、雨に打たれる準備をしていない時には雨は降らない。

大体、旅行先でも、数時間室内にいて外の天気もわからずに過ごしていて、外に出るとさっきまで土砂降りだった、とか。

私が家とか、目的地にたどり着いた途端に土砂降りになるとか。

雨季の東南アジアを旅していても、土砂降りの雨に見舞われたことって、記憶にある限り、1度だけなんですよね。

その時は自称雨女で雨が好き、と言っていた友達のエネルギーが面白かった。
急に雨が降り始めた時に、私が言った「私は家に着くまで濡れないから大丈夫だと思う」との一言が多分、彼女の癪に触ったんだと思う。(雨女のプライドに火をつけたというか)
いつも通り、雨にほとんど打たれることなく行ける可能性もあったと思う。

でも、その子は雨と龍神様を強く結びつけているから「雨が降るのはいい事なのに、雨が降らないようにお願いするのは龍神様の加護を感じていない証拠だ」みたいな気持ちがあったんだと思う。(私が勝手にそう感じただけだし、なんなら私は雨女にもなれるんだけどね。晴れにも雨にもできた。過去記事参照)
私がかつて天気をコントロールしていた時と同じ「動かそうとする意思と気の流れ」を感じた。
案の定、どんどん雨が強くなってきて、途中で止まってレインカバーをわざわざつけて家まで送ってもらったくらいに雨が降ってきた(バイク)。

土砂降りに打たれたのって、この時くらい。


20年前の私だったら、同じくらいのコントロール欲を使って、天気の綱引きみたいなことをしたかもしれない。
「なんで雨降らそうとするの〜、私は雨が降らないようにするよ〜!えいーーー!」みたいな。

でも、今の私のモットーは「コントロールしない」なので、例えそれが誰かの意図だったとしても、私にとっては「誰か他人の意図」も森羅万象の一部なので、雨が降るなら降るでそのようにあれ、と思ってた。

晴れ女というのが正しいかわからない

いつからか、私は新しい土地へ行くと空に挨拶をするようになった。
と言っても、大体が予想外の雨が降り始めた時なんだけど。笑

一昨日も、外を歩き始めたらぱらぱらと降ってきたから、チェンマイの空に挨拶をした。
「チェンマイのお空さん、こんにちは。○○です。昨日チェンマイに来ました。
 今回は○○までいます。
 で、今はどこどこのカフェに行こうと思って歩いてきたんですけど、うっかりしててレインカバーも持ってないからパソコンが濡れると困るんですよね。
 無理は言いません。でも、できればあと5分くらい雨降らないでもらえると助かります〜。5分あれば、多分カフェに着けるので!」
みたいな。笑

雨が降ってほしくない時に降ってきた場合は、自分でコントロールする訳ではないけど、とりあえずお願いだけはしてみるスタンス。

結局、雨はパラパラとも降らなかったのでなんの問題もなくカフェに行けた。その時は、カフェに滞在してる間にしばらく降ってたみたい。

以前の記事に書いたかわからないけど、20年ほど前に「雨は今日も美しい」と雨が降るたびに教えてくれた子がいたんだよね。それ以来、雨も好きだから普通に傘をさして雨の中を歩くことも好き。だから、絶対に晴れてる訳じゃないし、そもそも雨に降られたくない時に振られないだけで、いつでもどこでも晴れてる訳じゃない。だから、自分を晴れ女ということにも違和感はあるけど、周り(家族とか)から晴れ女だと認識されてるので便宜上、晴れ女ということにしている。

私としては、「天気(空の気)と仲良くやってる」と認識している。

前置きが長くなったけれど、今日は、そんな「天気と仲良く付き合えてるかな」と改めて思ったお話です。

たった今の出来事

今朝は疲れていたのかやる気がせず、必要な買い出しをして洗濯してからコワーキングスペースへ行くつもりだったのに、洗濯できたのが15時頃。(日本人に会っておしゃべりとかしてたのもあって)
基本は乾燥機で乾燥させちゃうけど、乾燥機にかけられない洋服を何枚か宿の洗濯干し場に干した。
今は雨季でいつ大雨が来てもおかしくないのだけど、数時間だけでも日に当てて乾かしておきたかった。

「あ〜、雨が降ったら、ここ(一応屋根はあるけど)びしょびしょになっちゃうなあ」

と思いつつも、早くコワーキングスペースへ行って仕事を始めないといけなかったから、
考えることをやめて、コワーキングスペースにやってきた。

仕事を開始したら、思いの外進まず、
「あ、これ今夜遅くまで宿に帰れないわ」
と思い始めていた頃、急に強い雨が降り始めた。
オフィスがトタン屋根(?)みたいなやつだから、すっごい音がするの。

で、「あ!!洗濯物!」って思い出したけど、どう考えても、この雨では今からゲストハウスに戻っても手遅れ。
それに、今ここを出たら、自分もびしょ濡れになる。

でも、その瞬間、「天の気」を感じたんだよね。
すぐに弱まる(or 止む)から、その間に宿まで行って洗濯物を取り込めばいい」と。

それを感じて、脳で情報を処理するよりも先に動いてた。
止みそうにない強い雨音を聞きながら、とりあえずパソコン等をカバンにしまって、財布と傘だけ持って出ようとした。
パソコンとかを置いていくにしてもある程度盗まれにくくしておかないと心配なので、鞄とかに入れていたらそこそこ時間かかっちゃったんだけど。
なんなら、しまいながら「え、雨止まないから、今そとに出ても意味なくない?」くらいに思ってた。
でも、もう体が動いちゃったから、仕方なく建物から出て、傘をさして歩き始めたけど、
「あれ?雨、降ってなくない?」って。

木々の葉っぱから滴り落ちる雫があったから傘をさして道に出たけど、雨は降っていないっぽい。バイクに乗ってる人はカッパを着てるし、道を歩いてる人も傘をさしてるけど。
不思議に思いながら傘を外すと、小粒の雨が降ってるか降ってないかわからないくらい。とりあえず、自分が濡れることはなさそう。

やっぱり、さっきのはチェンマイの空の気だったんだな、と思って「ありがとう〜」って空に向かって気持ちを送りながらも、いつまた土砂降りになるかわからないから、急いで宿に向かった。

急いで歩いて5分くらい、距離は600m。

200mか300m歩いたところで、おかしなことに気づく。
コワーキングスペース周辺は一時的とはいえ土砂降りがあって、道はしっかり濡れてたのに、この辺は全く雨が降った形跡がない。

どうやら、こっちのあたりでは雨は全く降ってなかったみたい。

あーこれは、さっき洗濯物を干すときに天気を気にした私に、
空が気を利かせて「ほら、雨降るよ〜、取り込んでおいで〜」って私のいる場所にだけ一瞬雨を降らせて、気づかせてくれたんだな、と思った。

雨に全く濡れなかったらしい洗濯物を無事取り込んで、せっかくなので宿からさらに100~200mほど離れたセブンイレブンに夕飯を買いに行った。
空はゴロゴロ言っているので、いつでも降ってきそう。

なのに、夕飯が決められず、しばらくセブンにいた。笑

まあ、もう洗濯物も取り込んだし、傘もあるし、と思いながらゆっくり夕飯を選んで、コワーキングスペースに戻ってきた。


なんとなく、もう私がコワーキングスペースに戻ってきたから雨が降るな、と思っていたら、
私が建物に入って3分もしないうちに、さっき以上に強い雨が降ってきた。

そしてその雨は、この記事を書いている今もまだ振り続けています。
(え、こんなに降ってて、今夜ちゃんと宿に帰れるかな?笑)



こんな感じで、
チェンマイの空さんとは、なんか良い関係を築けている気がする。

でも、操らない

それでも、自分の中で大事だなと思うことは「洗濯物は濡れてもいいし、自分が土砂降りにあってもいい」と無理やりにではなく、自然と思ってること。

今回みたいに、天の方が気を利かせて訴えかけてくれることがあったら感謝もするし、嬉しく思うし、何よりも楽しい。空という常に動き続けているものとものと協調している感じがするから。

けど、洗濯物が濡れても、雨で出かけられないことがあっても、やっぱりそれも「そっか、今回は濡れるんだ」と思うだけで、何か特別な強い思いを抱かずにいたいな、と思う。

なぜ「抱くことはないです」と言い切れないかというと、
やっぱり、濡れる体験がほとんどないからです。笑

たまに「毎回こうもタイミングよく濡れずにいると、なんか雨に降られてしまった時にショックを受けそうだから、もうちょっと、私が外にいる時に雨、降ってくれていいよ?」と思うこともあります。


こんな感じで、今の私は、天気を操らないけど、天気と仲良く良い関係を保って生きてるよ、という報告でした。


では!