魂の在り方と意識・感覚

【翻訳】なぜ私たちが口にする食品が問題なのか。ヴァンダナ・シヴァ BBC-Travel 日本語訳

ウッタラカントのローカル野菜市場

BBC-travel
Vandana Shiva on why the food we eat matters
 に1月28日に掲載された記事を日本語訳にしました。

ヴァンダナシヴァ なぜ私たちが口にしている食品が問題なのか。

何十年もの間、ヴァンダナ・シヴァは世界に食物は命の通貨だと思い出させるための長い闘いを導いてきた

by BBC travel  2021年1月28日

彼女は「穀物のガンジー」「GMO(遺伝子組み換え生物)反対運動のロックスター」「エコ戦争の女神」と呼ばれてきた。
物理学者から環境活動家、食の権利提唱者になったヴァンダナ・シヴァは、40年以上にわたり、地域固有の伝統的栽培方法や伝統料理を守る事で驚くほどの多様性に満ちた世界にする事ができ、また世界中の飢餓を終わらせ地球を救う事ができると主張しながら、企業農業を相手に活動に取り組んできた。

とりわけ、私たちが食べているものこそが問題だと彼女は強く信じている。

物質的にも、文化的にも、精神的にも食が私たちを作っている。
世界中の小農食の主権持続可能性タネの権利のために闘っている彼女は
「食と農耕は命の通貨だ。そして、そのどちらか一方がなければもう一方も成り立たない」
という事を私たちに思い出させてくれる。

私たちは最近シヴァに連絡をとり、インドのヒマラヤで育ったことや、どのようにして生物多様性が地域の文化を保護するのか、そして旅人たちが世界をより良くするためにできることについて聞いてみた。

: あなたは長い間、その地域固有の人々や農法、自然療法を守るために声をあげてきましたが、なぜこれらの事が特に今、重要だと思うのですか?

私は先住民達のコミュニティと地球の為に働いてきましたが、その活動は50年程前のチプコ運動(*訳文下記参照)から始まりました。
地球と地域伝統の文化を守ることは近年更に大切になってきています。5世紀に及ぶ植民地化と3世紀に及ぶ時代遅れな燃料ベースの産業主義が私たちを崩壊に導きました。
先住民達は地球そのものと、地球の限界を敬い、自然と調和して生きてきました。
彼らは滅亡の時代を生き延びる為の先生です。

:今は前例のない、厳しい時が続いています。(訳者注:コロナ禍のこと)
あなたが母国インドで、「食と農耕が命の通貨だ」との信念を再確認したきっかけはどういった事だったのですか?

昨日、ヒマラヤの地元の女性達がナブダニヤに集まり、ミレット(雑穀)の祭りを行いました。
緑の革命(インドで1960〜70年代に行われた農業生産革命)はそれらを「後進的」とか「原始的」な穀物だと言います。
しかし、これら(の雑穀と呼ばれているもの)は1/10の水しか必要としないにも関わらず10倍の栄養分を「生産」します

ナブダニヤのメンバー達はロックダウンの最中に私を呼び、以前私たちが始めた「ガーデンの希望」(活動の名称)の人達が「ロックダウン(閉じこもる)」の代わりに彼らの家族とコミュニティの人たちに食物を提供し始めた事を教えてくれました。

食と農耕は命の通貨です。
そして、私たちが病気や死に戸惑う一方で、生きた食文化は命の道すじを照らしてくれているのです。

: あなたは、食の主権を声高に主張しています。
あなたにとって食の主権とは何ですか。また、食の主権が世界の生物多様性を高め地域古来の(農耕)文化を守る事についてどのように思いますか?

私にとって、食の主権とはあなたの命、生活、健康全てにおける主権のことです。
私たちは密接に繋がっています。食の主権とは、他の生物達と共に創造していく環境に優しいプロセスなのです。
それは種の主権から始まります。
生きた種を守り、使用します。
それが土と土地を大切にケアすることに繋がります。
土の中の生物(微生物)達を育むことなく、食の主権を持つ事は出来ません。

食の主権は有機農業に基づいており、化学物質や毒物を使うことを避けます。
食の主権は知ることの権利、経済的な主権、そして政治的な主権を含みます。

Q:あなたがこれに気づいたのはインドで何が行われていたからですか?

私は1984年にパンジャーブ州で行われた緑の革命について調べていたので、1987年のバイオテクノロジー会議に招待されました。
そして私たちは種を保存し始めました。1991年から始まったその運動はナブダニヤと呼ばれています。
現在までに150以上のコミュニティでシードバンクが作られました。
その地域での栽培に適した在来種は、より多くの栄養物を生み出すし、気候変動にもより強い耐性を持ちます。

私達は100万人以上の農家に無農薬、生物多様性に基づいた有機農法を指導してきました。農家達は、農薬や化学肥料、1度しか使えない(種取りできない)種に無駄な出費をすることなく、生産物の栄養価を2倍にあげ、大量生産を行う農家の10倍も稼いでいます。

Q : 食とエコロジーについて興味を持つようになった事に、ヒマラヤの麓で生まれ育った事はどのように関係していますか?

私はヒマラヤで育ち、チプコ運動のボランティアになったので、生物多様性の重要性を知っていました。そして私は緑の革命が最初に行われたパンジャーブ州でなぜ暴動が勃発したのかを理解するために、この知識を活かしました。
著書「緑の革命とその暴力」を書き、暴力的でない「食と農のシステム」を広めることを誓いました。
これが、私が1984年から行ってきたことです。

(インド)西部の産業的植民地化は、機械的なマインド、単一栽培的な考えに基づいている事に気付きました。
それまでの研修とヒマラヤで生まれ育った経験を活かし、私は考え方の生物多様性を育み、畑と食の生物多様性を再生させ始めました。

Q : あなたは、「種の保存」と「種の自由」のために何十年も闘ってきました。
なぜこれらの実践がそれほど大事なのでしょうか?
また、あなたが創設したナブダニヤという組織はどのようにインドで発展してきましたか?

種は命の源です。種は食の源です。
食の自由を守るためには、種の自由を守らないといけないのです。

我々はまず、種を共有財産として取り戻し、種の特許化に抵抗するために地域コミュニティのシードバンクを作りました。
150以上のコミュニティシードバンクが作られ、農家達がより栄養豊富な作物を作り、気候変動や天災にも耐えうる種を自分たちの手元に置いておく事を可能にしてきました。

私は、動植物も種も人間の発明品ではないという宣言の作成に協力しました。
生物資源の著作権侵害、私たちの生物多様性と土着の知識に対する特許に対し訴訟で争いました。
調査に参加してきて私たちは、化学物質の代わりに生物多様性を強め(る農法を行い)、1エーカーあたりの収穫量ではなく、1エーカーあたりの栄養価で測定をするなら、世界人口の2倍に充分な量の栄養を育てることができるということを示しました。

最近の研究は産業的に改良された「生産性の高い品種」よりも在来種の方が高い栄養価を持っていることを示しています。産業的に改良された「生産性の高い」品種は栄養的にはスカスカで、毒素に満ちているのです。

: あなたが何度も指摘してきたように、主に女性達が世界中で食物を植え、育ててきました。
なぜ食の主権が特に女性に関係するのでしょうか?

私は40年に渡るリサーチと活動から、世界中のほとんどの農業従事者が女性だという事に気付きました。
彼女達は食物を、商品としてではなく滋養物として育てます。
彼女達は、病気のためではなく健康のために食物を育てます。
戦争や飢饉、洪水や干ばつの経験を通して、彼女達は種や食物についての知識を忘れないように継承し続けているのです。
女性達には地球と、地球の生物多様性、そして我々の健康や食生活を再生させるための変革を引っ張っていく力があります。

: 有機食材を広めていきたいと考えている世界中の人たちが、期待できる農法はどういうものでしょうか?

全ての地域に伝統的に伝わっている農法が、有機食材を広めるのに最も適した栽培方法です。
オーストラリアのアボリジニは60000年も農業を続けています。中国やインドの小さな農家は40世紀に渡って農業をしています。

1905年にインドの農業を発展させるイギリスの皇帝によってインドに送られたアルベルト・ハワード氏は、(インドの農業を発展させるのではなく)むしろインドの小農達から有機農法を学び西洋の農業を発展させました。

「農業白書」で彼自身が書いたように、インドで伝統的に行われたきた農法がどれほど素晴らしかったかを認め、彼はインドの小農達を彼の教授だとみなしていたのです。

: あなたは20冊以上の本を執筆されていますが、その中で最も有名な本のタイトルにもなっている「アース・デモクラシー」という言葉を造りましたよね。
アース・デモクラシーとはどういう意味ですか?また、私たち旅人はどのようにそれを実践できるでしょうか?

植民地政策と、産業主義は以下の4つの間違った思い込みによって地球と地域の伝統を壊し続けています。
1つ目 私たちは自然から切り離されていて、自然の一部ではない。
2つ目 自然は生きていない物質で、産業開発の為の単なる未加工の材料に過ぎない。
3つ目 原産の文化は劣っていて、原始的であり、「洗練させ文化的な状態へと上昇させられる」必要がある。(これは永続的な植民地支配の根拠となった文明化への使命(civilising mission)からきている。)
4つ目 自然も栽培も巧みな操作と外部からの介入によって発展させる必要がある。

緑の革命、遺伝子組み換え作物(生物)、ゲノム編集などはこれらの間違った思い込みに基づいたものです。
アースデモクラシーを書いたのは、グローバリゼーションが商業の規制緩和を作り出し、際限のない欲望を解き放ち続けたことを明らかにするためです。
グローバリゼーションは自然を破壊し、大量の死者を出すような経済を推し進めてきました。
ビリオネアや企業から資金提供を受けている選挙制民主主義は、「人民の、人民による、人民のため」の民主主義から、「企業の、企業による、企業のための政治システム運営」に変えてしまったのです。

なので、私はアースデモクラシーのコンセプトを、
私たちは地球の一部であり人の自由とウェルビーイングは他の生物達にかかっている、という私の思想と実践を元に進化させてきました。
私たちは他の生物に比べて優れているわけではない、他の生命達と互いに深く関わりあいながら存在しているのです。人類中心主義は暴力的な考え方です。
アースデモクラシーは私たちを、
経済により殺しあう文化、死へ向かうデモクラシーから
生きた経済、生きる為のデモクラシー、地球の生きた文化、彼女の豊かさをシェアすること、彼女の限界を尊重することへとシフトさせてくれます。

: アフリカ、アジア、南米、ヨーロッパ中の草の根運動団体を支え、世界中で講演会を行ってきましたね。世界中を回って、ローカルフードと帰属意識に何か共通の繋がりがあると思いましたか?

私たちは植民地政策によって分断されました。
私たちは、性別、競争、民族、階級によって分断されてきました。

しかし、私たちは地球の一部であり、食物は命の通貨です。
地球との戦争になってしまっている(現在の)食のシステムは、私たちの体に対しても攻撃を仕掛けます。
世界中で、特にこのパンデミックの最中に、私たちは不公平さと、持続「不可能」な食のグローバルシステムに根ざした様々なエネルギー源によって生かされているということに気づく人々が増えています。

全ての危機に対する解決策はそれぞれの地域で、生物の多様性を保ちながら、毒物を使用せず、農薬、化学肥料、化学品類を使わない食のシステムを創造することです。そのシステムは全ての生物の栄養を増やし、エコロジカル・フットプリントを減らします。

Q : どのようにあなたが旅行中に食べている物がその地域で、サスティナブルな方法で作られたものだと確信しているのですか?また、旅行中でもあなたと同じようにそういった物を食べたいと思っている旅行者たちに何か言葉をください。

国際的な旅行が可能だった頃、私は地元の農家からの食物を食べるか、それができないときは何も食べませんでした。ロックダウンで旅行ができなくなってからは、自分たちで育てたローカルフードを食べ、「Grow your Health(あなたの健康を育てよう)」運動を始めました。

Q : 世界をより良くしたいと考えているが、何から始めて良いかわからない旅行者たちにアドバイスをください。

私たちが食べている食物は様々な問題の主な原因となりえます。
意識して食べることは、解決の大きな原因になり得るのです。私たちがマインドにとどめておくべき事は、食物が命にとっては「お金」だと言うことです。
あなたが、工場や研究所で作られる食システムに参加するとき、あなたは命のサイクルを壊すことに加担しているのです。

加工食品を避け、新鮮な物を食べる事。
何がどの工場へ運ばれるのかわからないような、誰が作ったのかわからない食品を避けてください。

全ての存在は生きていて、意識があります。
食べる事は他の生物との会話なのです。
誰が作ったかわからない食品はそういうコミュニケーションを遮断し、私たちの健康を破壊するのです。

Q : まだこの世界に少しでも希望は見いだせるでしょうか?

希望は、外側にはありません。希望は生きているプロセスのことです。
私は全ての思考と行動の中に、希望を育てています。

“Because of Covid, I was [locked down] in my childhood home in Dehradun where I was born. Coming home made me once again fall in love with the Earth, the Himalayas, my beautiful Doon Valley.” – Dr Vandana Shiva, environmental activist and food advocate
More Reasons to Love the World (BBC)

(原文)ーBBC-travel Vandana Shiva on why the food we eat matters 1月28日
日本語訳  Misa

(訳者追記)
チプコ運動とは、1970年代にウッラタカント州からインド広域に広がった女性達による森林伐採に抵抗する運動の事です。
木に抱きつき「木を切るなら私を切ってからにしなさい」を合言葉に、非暴力で抵抗を続けました。
母なる大地との繋がりを理解していた女性達が中心であった事と、ガンディーの説いたサティヤグラハ(徹底した非暴力と不屈の精神による抵抗運動)を掲げた事特徴で、その運動は今日でもインド各地での「大企業による環境を無視した開発事業に反対する地元住民による環境保護活動」に影響を与えています。