魂の在り方と意識・感覚

サイババとの3週間プログラム

突然の不安

2、3日前のこと、夜眠ろうとしている時、どうしてだか思い出せないけれど、力が抜けずとても心地良く眠れるような状態じゃなかった。
確か、不安や絶望感、虚無感に襲われていて、このまま全て投げ出して忘れてしまいたい、というような気持ちに襲われていたのだと思う。

もう充分頑張ってきたでしょ?
いつまで頑張ればいいの?
何を目指してここまで(前世も含めて)生きてきたのかわからない。

普通に生きれたらいいのにな。
多くの人みたいに何も考えずに・・・。

・・・普通に生きるってどうすればいいんだろう?
感覚に蓋をするとか、面倒な事は見ない、聞かない、自分の目の前の快楽だけを守ればいい?
・・・それって、とんでもなく辛い事じゃないのかな?全然楽じゃない。

横になりながら、そんな事をとりとめもなく考えていたのだと思う。
アグロエコロジーに関する話題を読めば、ワクワクして気力が湧いてくる。
でも調べたり考えたりしていくうちに、アグロエコロジーが関わる事象の多さに途方にくれてしまう。

環境、農業だけでなく、医薬、食品、政治、経済・・・、そして資本主義という在り方、宗教にスピリチュアル。
なぜ地球があり、人間が存在するのか。
それを掴めなかったら、アグロエコロジーを捉えることができない気がしてくる。

私にとってアグロエコロジーは、私がどう生きて何をこの世界に見たいのか、という問いを私に突きつける。

みんなそんな事わかって生きているのだろうか?
それとも、そんな事わからなくても生きていられるのだろうか?
もし私がこの迷いを口にしたら、「どちらが正しいか」議論をしてくる人たちがいるだろう。

そんな事わからずに生きていても何も問題ない。
でも、そんな事をちゃんとわかった上で生きたいと願ったっていいはずなのに。

あぁ、ホント面倒くさい。


そんなにハッキリと考えていた訳でも感じていた訳でもないけれど、あの時の倦怠感を言葉にするならこんな感じ。

重力に任せて沈んでいくイメージをしていると、急にシルディのサイババ寺院の中の、サイババの足元に横たわっている自分に気づいた。

Shirdi村のサイババ寺院

サイババのエネルギー

生きているサイババの足元で、助けを求めた。
何をどうお願いしたのかは覚えていない。
ただ、ストレートに助けをお願いはできていなかったと思う。

サイババをグルと信仰し、常にババを思い、霊性の道を歩んできたのに、その道を離れた私。
ババが私を見放したとか裏切ったとか思う事はないし、私は私の歩むべき道を外れたとも思わない。
それでも、昔みたいに真っ直ぐババを見て教えを請うたり助けを求めることができない。

私は、私自身が何を求めているのか、全くわかっていない。

だから、ババを目の前にしても、願いも何もないのだ。

それでもこの状態から抜け出したいという思いだけはあっただろう。
それがババに届いたのか、ババのエネルギーが私の体の緊張している部分へと流れてきた。

ババのエネルギーというか、それがババの意識そのもので。

ババの意識が私の鎖骨と胸の間あたりに向けられると、その部分が緩んでいく。
緩みながら、そこが縮こまっていたことに気づく。

呼吸が深くなっていき、身体全体のバランスが整っていく。

横向きで小さく丸まっていた身体が自然と仰向けになる。
軸が通りシャバアーサナの体勢へ。

ヒーリングと共に

意識を向けられた箇所が緩むと、別の箇所へ意識が移り、そこがまた整っていく。
それぞれの箇所で気づきや学びがあり、捉われていた意識や感情が浮き上がってくる。

サイババはただヒーリングするだけではなく、どこをどうしたらいいのか、教えてくれている。
深い意識の中で行われていたため、そのほとんどを具体的には覚えていないけれど、
私自身の体をスキャンしながらサイババと一緒に確認していきながら、ババが

(本当に学ぶ気があるのなら) 全てを教えよう

と言っていた。(実際には会話ではないけれど)

10月23日から3週間。
それまでの2日間は準備段階。
OX日にお金を降ろし、15万円を私の部屋にあるサイババの写真に備えなさい。



こうして、サイババからの集中講座が始まった。













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