魂の在り方と意識・感覚

エピソード0

バドリナートへの旅2019 その 7 の続きです。

バドリナートへの旅 7  神に会うために必死過ぎてインド人のじいちゃまばあちゃま方に可愛がられる

 2014年に初めてバドリナートへ行った後に書いた、当時のブログ記事です。

  ーーーーーー(2014年11月バドリナートから戻ってきた後のブログより) ーーーーーーー 

今日までヨガを教えてきて、どんどん膨らむ違和感。
 きっと私自身が4、5年前の状態と同じ所にいれば、今も自信を持ってクラスをこなせるんだろうと思う。 
けれど、1ヶ月、2ヶ月前の自分の「当たり前」が全く理解できないほどに変わり続けている状態で、「教えられること」の限界を感じてきた。 

その中の違和感の一つは、私はヨガを「こうして今のようなクラスで教えるため」に「学んでいる」訳ではないということ。
(それでも人に教えるということが私のするべき事であれば、そんな状態から生じる心と向き合い試行錯誤する事も学びと仕事のうちなのだろう。) 
私がヨガをしているのは、「この肉体を通して学ぶべき事を学び、この世界に対して果たすべき義務を果たす」為に他ならない。 

その「学ぶべき事」は、聖典の学びに限らず、師の元での学びに限らず、ヒマラヤでの学びに限らない。 

教える事が私の義務だとしても、教え方は、「さぁ今からヨガをしますよ」っていう時間(クラス)に限られない。 

そんな思いは何度も言葉にしてきたつもりだったけれど、結局私がこうして「ヨガしますよ」って時間を設けてみんなと向き合っている時点で、理解しづらいものになっているんじゃないか。

 そういう気持ちは膨らんでいって、ヒマラヤのお寺で空を見上げているときにピークに達した。 
そして、心の弱い私は願った。

「私がさらに成長していくことが世界(Universe, The All, 神、森羅万象) の願いであるなら、私に教えられる叡智が今よりももっと高い(?大きな?)ものであるならば、私のするべき事が今の範囲におさまるべきでないのなら、 【今のミサにはまだヨガを教える資格がない】(クラスを辞める) と私にわかるように、先生の口から言ってください」

と。 

この空とヒマラヤの山々に向かって願った

 その祈りはすぐさま叶えられ、マハラジが私の先生に言い、私は先生から、

「あなたは本物にならなければいけない。でも、今のまだ完全に理解していない状態でエネルギーについて人に教えるのは良くないからやめなさい。」

と言われた。 

----- 日々生きてるだけで、地球を汚し、どこかの誰かを追い詰めることに加担せざるを得ないこの現代の生活が、幸せだとも豊かだとも思えない。
 私にとっては、その現実を受け止めずしての精神修行(ヨガ)なんて魅力を感じない。
 自分が楽になるため、自分が満たされるため、自分が評価されるために行うのであれば、続けていこうとは思わない。 

自分の魂が成長したらそれでいいのか?
自分と自分の周りの人がうまく生きていけたら、それでいいのか?

そんなことのためにここまで輪廻を繰り返してきたんじゃない。

 2019年のコメントに戻ります

あの頃の私は、ずっと”答え”を求めていた。 

「神様、これから私は何をしたらいいですか? あなたは私に何をお望みですか? 私の行くべき道を教えてください。」 

2010年に初めてリシケシに来た時、ヒマラヤ山脈を眺めながら涙が出た。

「やっとここまで戻ってこれた」って魂が言った。
やっと、やっと戻ってこれたんだって、安心したんだ。 

神様は、違う道を進もうとする私に一生懸命ビンタをして、そっちじゃない!そっちでもない!こっちだよ!って、手招きしててくれたんだ。
神様は、私に早くここに辿り着いて欲しかったんだ。 

それまでの何をやっても上手くいかなかった辛い25年間が、「導かれていた」祝福の時間に反転した。 

その後も、ヨガの仕事以外は上手くいかなかった。

何か別の事をしようとしても扉が閉ざされ、絶望して泣いていると、ヨガの扉だけが開く。
ヨガの仕事だけは向こうからやって来ていた。

 2014年のバドリナートで、私にとっての豊かさとは何か、幸せとは何か、私が創造したい世界はどんなもので、どうやってそれを創造したいのか、私にとってヨガとは何か。 と、考えた。

 私にとって「ヨガを教える」事は、教室に生徒さんを集めて知識を伝え、エネルギーを動かし、その人の人生を前へと押し出すこと「だけ」ではないと思った。

 私は、自分の人生をかけてヨガを伝える、教えよう、と決めた。 



そのためにまず、「形としての」教室をしめた。

そして、全く答えも形も見えない目標に向かって進むことに決めたのだった。   



それから5年。

インドで地球環境を意識しながら社会の仕組みそのものを変える為に、農業に関わるビジネスを創りたいと思い、仕事を探した。
食・農業とまずは関わることのできる事を、と望み、インドでの全ての経験を糧に変えるつもりで目の前の仕事に取り組むうちに、都会での生活にも慣れ消費するばかりの生活から抜け出すこともできずにいた。

5年間で、仕事以外にもインドのオーガニックビジネスを学ぶ為に時間を割いてきた。
だからといって自分に何ができるのか、全くわからない。

貯金も大してない。

このまま結婚して、今の生活が続くならそれでもいいのかな。
私はいつも無謀な夢ばかり追っていて、現実が見れていないだけかな。



・・・でも。

それでも胸の奥で鳴ってる音が気になった。

私の奥が、自然との繋がりを求めている。地球との繋がりを求めている。

”わたし”との繋がりを求めている。



そうして呼ばれるままにフラフラとバドリナートにやって来たのだった。

会社を辞めるまでの葛藤

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