あなたには、彼らが既にしている過ちや、これからするであろう間違いがよくわかるでしょうが、
彼らがそれを選択するのなら、
彼らに充分失敗させなさい。
彼らに充分、迷わせなさい。
あなたはただ、光となって、あなたのいる場所を照らしなさい。
こっちだよ、といつでも示していなさい。
彼らがいつか、間違いに飽きて戻りたくなった時にはいつでも、
あなたの方向が見えるように、
強く明るく照らしなさい。
そして彼らから学びなさい。
あなたが師に近づいていく時に、どうすれば良いのかを。
何をすべきで何をすべきではないのか、を。
彼らはあなたに生徒としての様々な在り方を見せてくれています。
彼らの失敗からあなたが学ぶことで、
他の人の役に立てることもあるでしょう。
霊性の道を踏み外しそうになっても、踏みとどまる(犯しかけた過ちに気付く)魂と、
何度も踏み外していることすら認められない魂との違いを充分わかっているはずです。
何度言っても、大事なこと程聞こえないのは、
彼らのマインドがそれを排除するからです。
言ってあげることも大事でしょう。
でも、聞こえていないようであれば、それ以上言っても無駄です。
気づきなさいと強制はできないのです。
彼らが幻想という麻薬のような感覚に嫌気がさして、
自らの意思で抜け出そうと決意するまでは、
自由に失敗させて、
自由に悩ませてあげなさい。
彼らは今、それを、楽しんでいるのだから。
知っていますよ。
あなたは、ある人たちが、霊性の道でしてはいけないカルマを犯してしまう可能性を危惧しているのでしょう。
それをした人たちは、もうずっと成長が止まってしまい辛そうだから。
先にハッキリと言っておくべきだったのだろうかと迷っているのでしょう。
でも、あなたは充分、ほのめかしていましたよ。
それに気付いて留まった魂もいたでしょう?
あなただって、かつて彼らと同じ思いが浮かんだはずです。
でも、しなかったでしょう?
先生に言われた訳ではないでしょう?
なぜですか?
自ら気付いて、謙虚に、間違えそうになった思いを正したからです。
正しく耐えて、時期を待つことを選んだからです。
あなたが学んできたことは何ですか?
先生や、ババやグルたちは、あなたに何をしましたか?
そう、彼らがいる場所は、「ここだよ」と、
何度も何度も示してくれたでしょう。
あなたがふと違う方向に気を取られると、
「おーい!こっちに来いよー!」
と呼んでくれたでしょう。
あなたは、グルの方角へと歩くことも、
違う方向へと踏み出すこともできる中で、
呼んでる声のする方へと歩いてきた。
グルはあなたを運んでくれましたか?
いいえ、グルはいつも「ここまで歩いて来いよ。待ってるよ。」とあなたに訴えてくれていたんでしょう?
そうであれば、あなたがするべきことも同じです。
グルに至る道の途中に立って、
方向を見失っている人に呼びかけなさい。
こっちだ、と。
あとは彼らの仕事です。
手を出すことは許されません。
彼らの自由意志を、おかしてはなりません。
あなたのエゴで、彼らの過ちを力づくで止めて、
彼らに失敗から学ぶ貴重な機会を失わせるつもりですか?
傲慢もいい加減にしなさい。
あなたはただ、あなた自身を磨きなさい。
あなたのエゴを、鎮めなさい。
あなたの行うべきことを行いなさい。
そして、結果は手放しなさい。
次に取り組むべきカルマ(課題)は、コレです。
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