魂の在り方と意識・感覚

体の構成


最近、体が物質であるという気がしません。

10月末に風邪をひいたときに、
「あぁ、これでやっと体の振動数があがる。
肉体が、意識に追いついてくる。
風邪で細胞がアップデートされる!」
と思いました。

それ以前は、瞑想に入ると特に「体がついてこれない」重い振動数を感じて辛かったのですが、

風邪が治ってからは、
「体がついていけない」
と感じることは確かになくなりました。

でも、意識と肉体の振動数のギャップに苦しまなくはなったけれど、

肉体が「肉体」だともおもえなくてとても不思議な感じです。

起きる時、眠るとき、
ふと手を見ながら動かして、
この形は、何でできていたんだっけ?
と疑問が生じてしまいます。

【瞑想中の意識そのもの】

【この世界の根源】が、この肉体を表している・・・

意識そのもの=この体

だとしか思えない。

この世界の根源、意識そのものとは、「光」そのものだとも表現できると思う。

すなわち、意識の振動数があがれば、
この身体はいつかこのまま光のように、(物質的振動数からは)見えなくなるだろう、
というのが、とても当たり前に感じる。

12月に入って、ひと段落したと思った、意識の急上昇が、
ここ数日また加速しています。
あ、私自身の話です。

ここ数日、またさらに次の次元へと向かうかのように、
瞑想の奥に入り込み、
全く何も思い出せない事が続いています。
瞑想が終わると熟睡。。。

私は本当に良く眠ります( ̄O ̄;)!

この数日の瞑想中の事は何も覚えていないんですよね〜。
時々、瞑想中にふとマインドが働いて、一秒前を思い出そうとしてみたけど、
次々流れていく情報、感覚を、そのまま忘れて行く。

マインドなんて時々働いたって、それも瞑想の波に飲み込まれて消えていく。

諸行無常、世界は現れ消えていく。

一切の執着もなく、全てを感じて、そしてその感覚すら消えていく。

認識するものと、認識されるものに、境界線が存在しない場所。

そこを言葉に落とすのはとても難しく、
感覚そのままを内に宿すことしかできない。

その一部を切り取ることも、いまはできず、

ただ全てを包括しつつ、共に「在る」だけ。



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