魂の在り方と意識・感覚

菩薩行

クシナガル

菩薩とは

菩薩とは、bodhisattva (bodhi-智慧,sattva-純粋な)、つまり純粋な智慧を持つものの事ですが、
悟る前の修行者の事を指す。

菩提心【悟りを得ようという心】に基づき、
自分だけでなく全ての衆生が悟るまでは自らも悟らずに生きようとする修行者たちのことを指す。

菩薩行

皆が目覚めるまでは、共に生き学ぼうとする心。

全ての衆生の為に、自らの行を為す。

それが、菩薩行。

行【ギョウ】と読むと、いかにも特別な事をしている修行者を彷彿させるけれど、

行とは、行為そのものである。

自らの行為によって、他の学びの為になるならば、それは即ち菩薩行である。

人々のために、勇気を出して、おかしい事をおかしいと言ってみることは、
菩薩行だと思う。

ヒンドゥー教寺院でも、仏教寺院でも、

学んだ事を自ら実践するだけでなく、
他の人たちも連れていきなさいといわれる。

学んで理解したことを、教えてあげなさい。
周りの人を目覚めさせるために生きなさい、と。

私たち一人一人が、菩薩として生きようと決意したら、
世界はどれほど優しくなるだろうか。

私には、できていないことも多いけれども、

決意したいと思う。

皆の悟りのために、私は、日々、行為を重ねよう。

皆と苦しみ、皆と悩み、皆と乗り越える。

周りを巻き込んで、共に目覚めよう。

誰にでもできる、修行。

修行とは、日々の行為一つ一つに宿っています。

菩薩として生きる時、

日々それだけでカルマは浄化されていき、

光り輝くその魂を、あなたのグルが見つけてくれるでしょう。

そして気付くのです。

皆の悟りのためにと働いてきた私だったが、

皆が「私を悟らせるために」いてくださった菩薩であったということに。






Yoga Mukthi

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