魂の在り方と意識・感覚

過去生


カタックダンスの般若心経クラス第一回目が終わりました。

帰りにまた色々な話をしているときに、

最近は気にしていなかったけれど、

子供の頃、そして15~25歳頃までかなり辛い記憶として覚えていたことを思い出して、いくつか話していました。


1つ目。

以前にも、小学校へ上がる前には、
「生まれて日本へ「引っ越して」来る前は、中国の山の高いところにいた。」
と思っていた。と書いたけれど、

15歳頃から25歳頃まで、その生まれる前のある記憶ははとても嫌なものだった。(今でも苦しいけれど、最近はあまり浮かんでこなかった)

私は、雲の上の高い高い山にいて修行(瞑想)をしている。
もうずっと修行をしてきて、いよいよ死が近づいてきたとき、山の上にいながら、麓に住む親や兄弟や近所の人たちの姿が見えた。
(千里眼?)

家族そろって普通に生活している姿が、羨ましくて憎らしかった。

まだ幼い頃に、自分は「修行しなければいけないから」と山へと出された。
そこからずっと高みを目指して修行してきた。
修行は己のためだけではない。この世の平和を作るために、我々は必死に修行し祈りを捧げている。
ふもとに住む家族が幸せに暮らせるように・・・。

でも、死ぬ間際に家族の「普通の幸せ」な姿を見たときに、耐え切れなかった。

・・・わたしも、お母さんと、一緒に暮らしたかった。

でも、私は神(仏?)に仕えて世界を守らなければいけなかった。
だからそれ(修行or祈り?)を忠実に行ってきた。

なのに、最後にこんな欲望がでてしまったことに対する惨めさ、恥ずかしさ。

その絶望が、自分にとってあまりに大きくてずっと怖かった。

自分はダメなのだ、何をやってもまたできないんだ。と強く思っていた。

それを、昨日思い出した。


インド・ヒンドゥー教でも、インド周辺の仏教国でも、

まだ小さいうちから、神の学校(仏門)へ入って勉強する僧侶がいる。

リシケシやハリドワールは、全国からそういう子供たちが集まってくる。
(ヒンドゥー教の場合は、カースト最高位のブラフマンの子供たち。)

彼らのことを特別かわいいと思う気持ちや、
自分もそこへ混ざりたいという気持ち。
可愛がって成長を見守りたいと、他の子供たちとは違う特別な感情があるのは、

同胞を見ていたのかな。

もちろん、この記憶をよく思い出していた25歳までは、私は仏教国ではまだ小さい子供が親元を離れて仏門に入って勉強するなんていうことを知らなかった。

でも、私の記憶では、

まだ3~5歳くらいの男の子が、お母さんと一緒にいたいのに、連れられて山へ登っていかなければいけない様子がはっきりあった。


ヒンドゥー教寺院でも、仏教の寺院でも、お祈りの時に学校の見習い僧侶たちが集まって祈る。

中には眠そうな目を必死にこらえている子、
微動だにせず、火(アグニ)や仏像を見つめて逸らさない子、
全然やる気のない子。

いつも必死で彼らの様子を観察していた。

リシケシでは、サンスクリットの学校(ヒンドゥー教ブラフマンの学校)に通う男の子たちと、
ブッダガヤでは、チベット見習い僧(僧侶の学生)と、仲良くしていた。

ブッダガヤのキサン青年は、ダラムサラ在住の学生なのだけれど、10月に行った時に、一番最初に友だちになったインド人。
1月にダラムサラへ帰ると行っていたので、3月に私がブッダガヤへ戻ったときはいないはずだったんだけれど、

2日目くらいに一人でマハーボディー寺院の中をぐるっと歩いていたら、

「ここにキサムがいる」

と思った。

そして、ちょっと行きにくい小高い塔の横の側面に、座って瞑想しているキサンを見つけた。

邪魔しないようにそっと近寄っていくと、まだだいぶ離れたところで目を開けて気づいてくれた。そして、覚えていてくれた。

「カム、カム。(こっちおいで)」

というので、落ちないように側面にたどって行って座って、

「会えると思ったね~」

と話しをしたり、キサンは英語が得意じゃないのだけれど、祈りの時間を教えてくれたり、
今何していたかとか、五体投地を何度かキサンのボードを使ってやらせてもらった。

(観光客はよく我が物顔で、庭園内で五体投地をするけれど、私は僧侶たちの許可がないと絶対にしなかった。
一介の観光客が、仏の前で、僧侶たちを差し置いて前に出て祈ったりエクササイズする行為は、私にとって軽蔑に値するはしたないこと、だと思っていたから。
僧侶に対するリスペクト。
それが、多少「感じ悪いな」と思う僧侶であっても、寺院の中で、仏に祈るときに、彼らを差し置いて祈る行為に、
「blessing 祝福」を感じないから。)

私は、人前でヨガもやらない。
瞑想も、目立つところではしない。

でも、リシケシでもブッダガヤでも、外国人は瞑想している姿やアサナのポーズを練習している姿を
「誰かに見せたい」
のだ。

それがすごく嫌だった。同類にされたくない。

そんな気持ちもあって、私はいつも観光客に見えないところ(部屋の中)で僧侶と一緒にいた。

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